「なぜ新入社員は反応が薄いのか?」という、

『誠 Biz.ID』の記事を読んで、いろいろ思うところがあったので、ちょいと長めに呟いてみたいと思います。

ひといくNow! 人材育成の今とこれから
「なぜ新入社員は反応が薄いのか?」
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1303/25/news055.html

これ、結構重要なトピックだよな、と思って。
簡単にまとめると、最近の若者はリアクション薄くて、管理職世代からすると「理解してるんだかしてないんだかよう分からん!」と思ってしまいがちなんだけど、いやいや待って、と。
彼らはデジタルネイティブというか、ネットもケータイもSNSも所与の状態で育ってきた結果、“身体を使って表現するリアクション”をあまり必要としない環境で過ごしてきたので、やり方がよく分からないだけで、おおよそ理解もしているし、指導してあげればリアクションも学んでくれるんですよ。
っていう、そういう話ですね。

これ、基本的には間違ってないと思うし、上の世代と若い世代を繋ぐ重要な指摘だなぁと感心しました。
ただ、実はひとつ大きな取りこぼしがあると、個人的には思ってもいて。
つまり今の若い人たちって、「“身体を使って表現するリアクション”というスキルを必要としない」というより、それ以上に「そのようなスキルを伸ばすことが特別メリットにならない環境で育ってしまう」ことに要因というか、大きな問題があるんじゃないかと。

どういうことか。

今の10代、すなわち中高生が学校でどのように過ごしているかをつぶさに知っているわけでは、もちろんありません。教職でもないし、直接に関わる機会はまずないので。
けれども仕事上、指導する機会のある大学生の子たちを見たり、また話を聞くなどしていると、自分が通っていた頃の学校環境とそれほど劇的には変化していないと感じるので、その前提の上で述べますが。
僕が経験してきた感覚で言うならば、今の中学校なり高校において“身体を使って表現するリアクション”が豊かであること、言い換えれば、知的関心や好奇心が旺盛な「キャラ」として振舞うことが教室の中(すなわちクラスメイト間)で、何がしかの好評価を獲得できる項目だとは、まず見なされません。
むしろ逆です。
僕らの時代であれば、上記のような「知的関心や好奇心が旺盛」だと認識された人は、「アツい」というキャラづけをされたものです。(このあたりの言葉は、きっと変化しているのでしょうね)

さらに厳密に言うと、「アツい」のあとには、ほぼ「(笑)」がつきました。
つまり「“身体を使って表現するリアクション”が豊か」イコール「知的関心や好奇心が旺盛なキャラ」として振舞うと、「あいつ何アツくなってんのwww」という冷笑を浴びるリスクを伴ったわけです。

ただし、この「(笑)」がつくのを免れる人というのもまれにいて、けれどもそういう人は大抵、高成績であったり、運動部系の部活の業績があるなど、器用であったり“デキる”タイプの人。
『教室内カースト』(著/鈴木翔,光文社)的に言えば、かなりの「上位」クラスにいる人に限られました。
そして、教室のなかで「上位」と認識されていない人(すなわち“ほとんどの生徒”)は、冷笑を浴びないために極力、何事にも斜にかまえ、しらけているくらいの薄いリアクションを取り続けるのが無難である、という同調圧力的な空気が醸成されてしまう。
というのが、実感として僕が覚えている「教室」という環境でした。

「いや、学校ではそういうのあるかもしれないけどさ、教室を出たらフラットになるわけだし、社会人としてそこは切り替えるもんでしょ」みたいな意見の人もいるかもしれません。
けれども彼らにしてみれば、大学の授業にせよ就職活動にせよ、また就職後の研修にせよ、多くの場合は全くの個人ではなく、基本的には同世代の子たち、すなわち「同じ環境を是として過ごしてきた人たち」に囲まれて受けるわけです。
そんな監視の目がある(だと当人たちには感じられる)状況で、いきなり振る舞いを変えろと言われても、どだい無理な話ではないでしょうか。

もちろん日本全国の教室、全部が全部そうではなかっただろうし、地域によって、もしくは学校によって、濃淡の差は大いにあるでしょう。
昨年、『桐島、部活やめるってよ』という映画を巡って広がった波紋や議論は、この辺の経験や、皮膚感覚としての共感度合いの差によるものだったのだと思います。
けれども濃淡と言うなら、どちらかと言えば僕らの時代より、今の若い世代の方がそういう傾向が強まっているように感じることさえ、彼らと話していると、あります。
びっくりするような小さなことでも、「いいんだよ」と承認してあげないと動けない。そんな場面もたくさん見てきました。

中高の教育にこそ問題があるのだ、などと言うつもりはありません。
どちらかといえば仕事の育成の現場に、冒頭に挙げた記事のような視点が増えてくれたら、と思います。
若者が変わったのではなく、若者の環境が変わってしまっただけ。
できないのではなく、今まで経験してこなかっただけ。
「今どきの若者は~」論も、「教育から変えなければ~」論も、そういう視点が抜け落ちているという点で、どこか首を傾げざるを得ません。
『わかりあえないことから』(著/平田オリザ,講談社)はそういった変化や現状を踏まえ、かつ現場の目線でもって丁寧な教育論を展開している良著で、昨年読んだ中では断トツの“目からウロコ”本でした。

「その程度のことなら、慣れてしまえばいい」

本当に、そう思うんです。

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物語欲

ここ最近、自分の関心が身の回りの事柄よりも、もっと大きな問題にフレームアップしてしまっているためか、批評とか人文科学、社会科学、あとビジネス論なんかの本を手に取ることが増えて、フィクションや物語から遠ざかっていたのですが。
先日、Ustreamで放送されていた『Twitter文学賞結果発表座談会』を見て、久しぶりにものすごく「物語欲」が上昇しました。

『第3回Twitter文学賞』
http://www.ustream.tv/recorded/29527576/highlight/327544

ちなみに知らない方々のために簡単に説明すると、Twitter文学賞というのは書評家の豊﨑由美さんらが中心にたち上げた文学賞で、Twitterユーザー(かつ小説読み)の人たちを対象に、「一年間に読んだなかで、最も面白かったと思う小説に一票だけ」を投じてもらって投票数を集計し、国内・海外それぞれの一位を決定(ならびにランキングを発表)するという賞。

僕は結構、こういうランキングの類を、毎年楽しみにしている方でして。
というのは、こと本に関しては年々、刊行点数が増加していることもあり(日々ウォッチしている方ではあるんですが)、こぼれ落ちる情報っていうのが相当ありまして。
とはいえ正直、ランキング本とかを見て、まぁ上位になるタイトルっているのは、大体予想がつくか、少なくとも「あぁ、あれね」くらいのリアクションに落ち着きます。

重要なのは、下位に挙がってくるもの。
もしくは、多数意見ではないけれども、限られた何人かの評者が強く推しているもの。

それってほとんどの場合、「そんなのあったんだ!」っていう、教えられなければまず出会うことのないようなジャンルであったり、自分の射程範囲内からは外れているコンテンツであったりする。そこが気になる。
Twitter文学賞って、もちろん非常にニッチというか零細的な取り組みなわけですが、ゆえにそういう「多数意見ではないけれども、強く推したい」という票が反映されるシステムなのが、とても良いと思っていて。
この座談会が、観始めたらものすごく面白くて(メンツも杉江松恋さんとか佐々木敦さんとか、敬愛する評者の方ばかりで)、アーカイヴを探して前年の分も一気に観てしまいました。

で。
その両方で挙がってきた作家で(国内・海外あわせて何人かいるんですが)、気になったのが、津村記久子さん。

いやいや気になったって、あなた。
もう芥川賞も獲られているし、もちろん名前はよく存じていました。というか、ずっと積読しておりました。
で、本棚からようやく手に取ったのが『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋)という作品。
一読しまして...

「いい小説じゃないか!」

失礼にも程がありますね(笑)。
いやほんとに、積んでてスミマセンでしたって感じです。
前述の座談会においては、「どの作品にも“気概”を感じる」という読者からの評があって、面々が深く頷くみたいな場面があったのですが、大いに納得が行きました。
この作品は、主人公であるOLのヨシノが、とても親しい友人のカップルが結婚することになり、その二次会の幹事を任され、綿密な準備をして結婚式に臨むんだけれども、その最中に職場の上司から「部長の父上が亡くなったので、今夜通夜に出席するように」と呼び出されてしまう。するとその部長の父親は、教育者であったにもかかわらず外で複数の愛人をつくっていたり、家庭では家族を罵倒してばかりと、傲岸不遜というか人格にたいへん問題を抱えた人物であったらしく、列席者や家族の間には何だか不穏な空気が漂っているわ、披露宴の方も後を任せてきた後輩たちが使いものにならず、進行がグダグダになっていくさまが中継されてくるわで、あっちにもこっちにも振り回され、空腹も相まって引き裂かれていく気持ちと格闘しながら、「結婚式とか葬式って、いったい何なんだろう...?」という思考と向き合っていく、というのがストーリーと言えばストーリー。
でも、どことなく堅いタイトルからイメージされる内容よりもはるかに軽やかで、実にリーダブル。
そして、「儀礼って、何なんだ!?」という問いを、強く感じる作品になっています。
それはもう何というか、拳を振り回して暴れるくらいのイメージで(あ、主人公は別に暴れたりしませんが)。
このあたりが、「気概」を感じると言われる作風の所以なのでしょうね。

とはいえ、この作品を読みながら、あらためて思ったのは、「これっておかしくない!?」「てか、みんなもこう思ってるでしょ!?」みたいな強い問題提起を作品に込める際に、書き方として、テンションを上げて訴えるより、抑制をきかせた文章であったり表現であったりする方がやはり、効果があるんだなぁ、ということ。
そして、そういうクリティカルな問いかけに対し、必ずしも物語のなかで、その「解答」を示す必要はないんだなということ。
もうちょっと正確に言うなら、「解答」を示すか示さないかは、物語のカタルシスとは無関係である、いうことです。

と、何だか小難しいことを申しておりますが。
覚え書きですので、聞き流して頂ければと。

とにかく、津村記久子さんをこれからちゃんと追いかけなければ、という思いを強くした次第です。

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速報。

芝居やります。

大阪です。

東京在住なので、今回は基本的に脚本提供のみ。

演出もしますが、これまでとは違う関わり方にならざるを得ないですね。

とりあえず、待ちに待った(だれがw)新作です。

頑張りましょう。

p-lag(プラグ)

『執拗』

日程:2012年7月28日(土) ,29日(日)

料金:1000円

会場:シアターカフェNyan

出演:山田裕子,小柳由佳,岸野鮎子

作・演出:田和翼
照明:入江明憲
音響:野上裕太
舞台監督:奥田宏人
宣伝美術:たちばなかずまさ
宣伝写真:糸川燿史
制作:p-lag

Photo

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アウェイから。

今回は、ちょっと宣伝。

知ってる方は知ってるんですが、ちゃんと告知するのは初です。

実はいま、アウェイというかまぁ、ちょっと珍しいお仕事をさせて頂いてまして。

そのお知らせです。

 

以前、ラジオドラマを制作した際に(「ラジオドラマを」参照)、

音響制作でお世話になったのが、月本一史さんという方。

この方、ポルトガル文化や音楽に関する書籍の出版や、イベントの企画などを行っている『M.T.E.C』の代表であり、音楽家(ポルトガルギターの奏者)でもあり。

実は、僕の高校の先輩でもあります。

そんな月本氏が、定期的に収録・配信している『ファドの時間』というインターネットラジオ番組がありまして。

基本的にはポルトガルの音楽である「ファド」について、月本氏ともうひとりのMCの方とで、インテリジェントかつユーモラスに解説しつつ、歌手や楽曲、歴史などを紹介してくれるという内容になってます。

で、番組中に「ポルトガルワイン」についての紹介コーナーが組まれているのですが。

このワインの販売・取扱いをしている会社と、銘柄のCMが流れております。

僭越ながら、そのCMの台本を書かせて頂きました。

今回も身近な方々に、声の出演でお世話になっています。

引き続き、制作は進行中なのです。

 

現在(31日まで)、『ファドの時間』は10月号が配信されています。

上記のCMについても関心を持って頂ければもちろん幸いですが。

何よりMCおふたりの軽妙かつ博識なやりとりが非常に面白い内容になってますので。

よろしければ皆さま、一度聴いてみてください。

 

インターネットラジオ『ファドの時間』→http://mtec-pt.biz/radio/

『M.T.E.C - ポルトガル文化を中心とした企画と実践』→http://mtec-pt.biz/top/

 

それから。

前述したラジオドラマについても、ちょっと追記。

先日、久しぶりにニコニコ動画を開いてみたところ、知らぬ間にタグが増え、コメントをつけて下さっている方々がいました。

初の投稿だったので、正直リアクションについてはほとんど期待していなかったところがあったので、大変驚いたとともに、とても嬉しかったです。

付けてくださったのは、もしかしたらよく知っている人かもしれないし。

もちろん、全く知らない方かもしれません。

いずれにせよ、おかげ様で、少し揺らぎかけていた自分を取り戻すことができました。

深く感謝します。

 

ニコニコ動画版『フォトン 前編』→http://www.nicovideo.jp/watch/sm10618253

ニコニコ動画版『フォトン 後編』→http://www.nicovideo.jp/watch/sm10618591

 

頑張ります、こっからも。

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劇団製造迷夢 第3回公演『ノイズ』をふりかえってみる。

劇団のブログを平行していた時に、記録として綴っていたシリーズです。

しばらく放置してしまっていたのですが、アレの続きを書いてほしいというオーダーを頂いたので。

久しぶりに、ちょくちょく再開しようと思います。

当時の活動を知らない方はごめんなさい。

 

今回は、第3回公演『ノイズ』です。

この『ノイズ』。

自分としても、実にいろいろと思い出深い。

多分これ、劇団公演としては最も多くリプライを頂いた作品だと思う。

お客さんの中には未だに、この作品を覚えてくれているという方が少なくない。

それまで、やってみたいことをとにかく向こう見ずで積み上げて、旗揚げ・第2回と公演を重ねた結果、舞台を作る上でのバランスの取り方、みたいなものを(少しは)学んだのだろう。

現在に至る自分なりの劇作スタイル…なんて大袈裟なものは特にないのだが、この作品を評価してもらえたことで、その後の方向性は定まったと言って良いと思う。

精神的にもようやく、安定してきた時期でもあった。笑

 

創作のきっかけとしては、当時盛り上がっていた『電車男』をはじめとするネット掲示板上のコミュニケーションへの関心が中心にあった。

今でこそ2ch用語とかってポピュラーに使われているけれども、あの頃はまだ、ネット上の空間というのは「分かっている人だけが利用している」という空気や認識が強かった。

あの独特のコミュニケーションの場を、そのまま舞台に上げられないか、という発想がひとつ。

そこに、「沈黙を販売=騒音や生活音を遮断する空間を提供している店」がもしあったら…というアイデアというかまぁ、自分の願望をくっつけた。

これは未だに、リアルに誰か作ってくれないかなと思っている。笑

舞台上には5つの扉に囲まれた真っ白な部屋、というシンプルな空間を立て込み、その上で、リアルな「街の喧騒を遮音する部屋」と、ネット上の「発言の氾濫を制限する掲示板」を交互にたちあげた。

このセットは、串田和美さんが『真夏の夜の夢』を学生と作っている模様をテレビで見ていて、舞台が扉を使って登退場する美術だったのを元にしている。

ただ、現実にドアを5つ作るという作業は意外と大変で、これは第2回公演に引き続き、舞台監督をしてくれた増田くんが頑張ってくれた。

増田くん、ありがとう。

 

この芝居は、稽古してる間もものすごく面白かった。

メンバーには台本を渡す前に、設定のみ個々に伝え、全員では情報を共有せずに会話してもらう、というエチュード稽古を繰り返したのだが、その結果生まれた台詞も結構ある。

ワークショップ的というか、ぶっちゃけ思いつきに近いような実験的な練習もかなりやった。

やらされてるメンバーは当初、かなり大変だったと正直、思う。笑

でもそのおかげで、作品はとても豊かなものになったし、演出として気づけたことも多かった。

しかもこの時、メンバーの田村めぐみの知り合いのご好意で、ある部屋を稽古場としてお借りすることができたのだが、この稽古場が非常に静かな場所にあり、そのうえ内装が真っ白で、まるでセットを立てているかのように芝居にフィットした空間だったのだ。

あの部屋のおかげで、稽古中ずっと作品の空気をキープすることができた点は否定できない。

 

作品のメイン(リアル側)にもってきた、解雇された元外資系企業社員とキャバクラ嬢のエピソードは、鳴海章『風花』が元ネタになっている。あれは風俗嬢だけど。

あと、たまたまリアルタイムで観たキャバクラ嬢のドキュメンタリーも参考にしたりして。

女性作家と同級生のエピソードは、村山由佳の実体験エッセイから。

個人的には、サブ(ネット側)ながら強烈なインパクトを残した岸野鮎子・岡山(旧姓)愛美ペアのキャラクターに愛着が強い。

また、誰にとも言えぬ「みんなへのエール」を寺尾有司がシャウトするラスト・シーンは、未だに印象深く、とても気に入っている。

 

あ。

それから、これは後日談になるのだけれども。

これ、劇場が主催していたフェスに参加するかたちで打った公演なのですが。

このフェス、観客の中から10名前後の「審査員」というのを募っていて。

その審査員の人たちには各自20点分の票が渡されており、鑑賞した作品に各々の評価・好みでもってこの20ポイントを振り分ることによって、その票の合計点数で各参加団体に対して賞金が出る、という仕組みだったわけですが。

そんな審査員の方々の中で唯一、自分の持っていた20ポイント分をすべて、この『ノイズ』に投票してくれた男性がいた。

講評の際も、これには軽くどよめきが起きた。笑

その男性とは挨拶程度にしか言葉を交わせなかったが、あの時は本当に感動した。

感謝しています。

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